東京地方裁判所 昭和45年(ワ)10796号 判決 1973年3月13日
原告
井出末子
右訴訟代理人
圓山潔
被告
株式会社本製作所
右代表者
宮本留一郎
右訴訟代理人
楢原英太郎
主文
一 被告は原告に対し金一二一万二、〇六八円およびこれに対する昭和四五年一一月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告その余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 本判決は主文第一項に限り仮りにこれを執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
「被告は原告に対し金二三八万二、〇八一円およびこれに対する本件訴状送達日の翌日である昭和四五年一一月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二 当事者の主張
一 請求の原因
(一) 事故の発生(以下第一事故という。)
昭和四四年七月二九日午後六時頃、東京都中央区日本橋通二丁目六番地先路上において、訴外伊藤健運転の小型貨物自動車(足立四も三八八二号、以下加害車という。)が、同所に停車中のタクシー(練馬五く四六六〇号)の後部に追突し、同車から降りようとしていた原告は、右事故により頸椎挫傷の傷害を蒙り、同日から同年九月末日まで入院したほか、同年末まで通院治療した。
(二) 責任原因
被告は、本件加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。
(三) 損害
(1) 積極的損害 一〇万七、〇八一円
(イ) 治療費 六万八、二二八円
(ロ) 入院雑費 三万八、八五三円
(2) 休業損害 一二七万五、〇〇〇円
原告は、株式会社第一高原の代表取締役であり、事故当時月額二五万五、〇〇〇円の役員報酬を得ていたが、本件事故による入・通院のため五ケ月間欠勤を余儀なくされ、その間の得べかりし報酬一二七万五、〇〇〇円を喪失した。もつとも、被告主張のごとく、会社より同額の金員を受領はしているが、右は、その間の生活費を支弁するために使用したものであつて、被告からの補填後に返還する約束になつている。
(3) 慰藉料 一〇〇万円
二 請求の原因に対する認否
原告主張の請求原因事実のうち傷害の内容・治療費および休業損害否認、治療経過・入院雑費および慰藉料は不知、その余の主張事実は全て認める。
三 被告の主張
(一) 原告は、本件事故の約一時間後、中央区日本橋通二丁目五番地先の横断歩道上を横断中、後退してきた訴外合資会社栗田鉄工所所有の、訴外栗田好之介運転にかかる普通乗用自動車(品川五ひ九四九八号)に衝突され、左下腿打撲・右手打撲挫傷の傷害を受けた(以下第二事故という。)。
したがつて、原告主張の損害のうち右第二事故によるものについては、被告に責任はない。
(二) 原告主張の休業損害は、既に会社より確定的に給付、支払済みであり、貸付金名義で仮払いとなつているものでなく、また、会社自体も、原告の休業によつて損失を蒙つていない。
(三) 被告は、原告に対し本件事故による治療費・付添人費等として合計六〇万八、〇八九円を支払つた。また、原告は、第二事故について訴外栗田製作所を被保険者とする自賠責保険から一六万〇、二〇〇円を受領している。
四 原告の反論
(一) 被告主張のような第二事故にあつたことは認める。しかし本件損害は、二つの事故が競合して生じたもので、どの事故によるものかを明らかにすることはできないものであるから、二つの事故は、民法七一九条一項後段の共同不法行為を構成するので、被告は、その全損害を賠償する義務がある。
(二) 株式会社第一高原は、その実質は原告の運営にかかるいわゆる個人会社であつて、会社の損害は、すなわち原告自身の損害ということができる。
(三) 被告主張の弁済の抗弁事実は認めるが、被告から受領した金員は、本訴請求外の損害に充当された。
第三 証拠関係<略>
理由
一被告が本件加害車の所有者であり、かつ、これを自己のために運行の用に供していたことおよび昭和四四年七月二九日午後六時頃、東京都中央区日本橋通二丁目六番地先路上において、訴外伊藤健の運転する加害車が原告の乗つていた停車中のタクシーの後部に追突したことは、当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、右事故により、原告は、頸椎挫傷の傷害を蒙り、事故当日および翌三〇日の二日間東京慈恵会医科大学附属病院に、その後同年八月一日から同年九月二七日まで大脇病院に各入院し、退院後も、少なくとも昭和四五年七月一八日頃まで右大脇病院、田園調布中央綜合病院、安井医院、新井医院等で四三日以上の通院治療を受けたこと、右治療期間中、目がかすんだり、頭痛、肩痛が強く発現し、脳波も乱れていたこと、このような症状は、昭和四七年四月頃にも発生したことがあることが認められ、右認定に反する証拠はない。
もつとも、原告が、本件事故の約一時間後、中央区日本橋二丁目五番地先横断歩道上を横断中、後退してきた訴外合資会社栗田鉄工所所有の、訴外栗田好之介運転にかかる普通乗用車に衝突され、左下腿打撲、右手打撲挫傷の傷害を受けたことは、原告の自ら認めて争わないところである。しかしながら、<証拠>によれば、右第二事故は、訴外栗田好之介が、後方を十分確認しないまま、しかも一方通行に違反してゆつくりと後退してきたため、右手で衝突を回避しようとした原告の左下腿部に車の右後部が衝突したというのであるが、原告はすぐ後へ飛びのいたため、転倒には至らず、第二事故による傷害自体は、後記の治療を除けば、入院はもとより、数日以上に及ぶ通院加療を要する程のものとは認められず、従つて、前記退院後の通院はもとより、事故後の入院も第一事故によるものと認めるのが相当である。
二そこで、損害の額について判断する。
(1) 積極的損害 六万二、〇六八円
(イ) 治療費 四万四、〇六八円
<証拠>によれば、原告は、前記傷害の治療費(マッサージ代を含む。)として、被告の後記の如き既払分の外、合計六万六、九六六円を要したことが認められる。しかしながら、<証拠>によれば、原告が事故直後入院した東京慈恵会医科大学附属病院の費用一万四、〇二八円のうち五、二四九円(甲第五号証)、および大脇病院の入・通院治療費のうち一万七、六五〇円(甲第六号証)は、いずれも前記第二事故によつて蒙つた手・足の傷害の治療費に相当するものと認められ、右認定に反する証拠はない。
原告は、第一事故と第二事故とは民法七一九条一項後段の共同不法行為を構成するので被告において全損害を賠償すべきであると主張するけれども、両事故は、前認定のとおり時間的、場所的にへだたりがあつて、客観的に関連共同しているとは認められないので、同条所定の共同不法行為の関係にあるものとは認められない。
従つて、さきに認定した原告の治療費六万六、九六六円から右第二事故分の合計二万二、八九九円を控除した四万四、〇六八円が、被告の負担すべき金額であるというべきである。
(ロ) 入院雑費 一万八、〇〇〇円
<証拠>によれば、原告は、前記入院中、日用品費、栄養補給品費、通信費等として、合計三万八、八五三円を支出したことが認められるが、右のうち本件事故と相当因果関係のあるのは、入院一日当り三〇〇円、合計一万八、〇〇〇円であると認めるのが相当である。
(2) 休業損害 七五万円
<証拠>によれば、原告は、飲食店経営等を業とする株式会社第一高原の代表取締役であり、事故当時同社から所得税を控除して月額二一万三、七八〇円の給料名義の金員を受けていたこと、そして、本件事故のため、原告が事故当日から少なくともその主張の五ケ月間以上会社を欠勤したこと、その間も会社は、営業を継続し、原告が毎月右の給与名義の金員を受領していたこと、会社は資本金二、〇〇〇万円で、原告の他にも取締役・株主が存在するが、これはすべて単に名義を借りたものにすぎず、実質的には原告の運営するいわゆる個人会社であること、しかし、原告は右金員の他には、従前から株主配当も、役員執酬も受けたことがないこと、会社の売上額は、前年の同時期に比し、原告の休業中の五ケ月間は八四万一、九一一円の減少にとどまつたが、経費が前年度より増加していることもあつて、原告が受傷した年度(昭和四四年六月一日から昭和四五年五月三一日まで)はその前年に比し一八〇万〇、三四五円多い営業損失を出していることが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、原告は欠勤中に支給されたものは被告から填補された後返還する約束になつていた旨主張しているが、これに副う原告本人尋問の結果は、たやすく措信しがたく、他にこれを認めることのできる証拠はない。
しかし、右認定事実および前記の治療経過等によれば、原告の右休業は相当性のあるものといわねばならず、そうであれば、原告はこれによる損害を蒙つたことは明らかであつて、しかも右認定の事実によれば、会社は俗にいう個人会社であつて、会社と原告とは経済的には一体性の関係にあるものと認められるから、会社からの支給があつたからといつて損害がなかつたとはいえない。
そこで、原告の欠勤による損害について、さらに検討するに、右認定の会社の規模、給与等の支給状況に鑑みると、右給与名義の金員中には、原告の支出している資本金に対する配当分も含まれていることが推認されるから、本件のように営業が継続されていた場合には、これを控除して算定しなければならず、また、原出のごとき職種にあつては、就業する限り、受ける収入より化粧・衣装・交通費等に相当の支出を余儀なくされることは当裁判所に顕著であるから、不就業により免れたこのようなものは控除しなければならず、これら諸事情と前記認定の月々の受領額に、原告の治療状況、その間の症状に照らすと、右五月間の欠勤中休業損害は七五万円と算定するのが相当である。
(3) 慰藉料 四〇万円
前記本件事故の態様、傷害の部位、程度、入通院の期間その他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、本件事故により蒙つた原告の精神的苦痛を慰藉するには四〇万円が相当である。
(4) 損害の填補
原告が被告から治療費、付添人費等として合計六〇万八、〇八九円を受領したことおよび原告が前記第二事故について、自賠責保険から一六万〇、二〇〇円を受領したことは、当事者間に争いがない。しかしながら、前掲甲第五号証、甲第七ないし第二四号証および成立に争いのない乙第一一号証によれば、被告から受領した金員は、本訴の請求外損害に充当されたと認められ、右認定に反する証拠はなく、また、本件事故と第二事故とが共同不法行為にならないことは前述のとおりであるから、第二事故について自賠責保険金を受領したことは、本件事故による損害の填補にはならないものというべきである。
それ故、被告主張の弁済の抗弁は、その理由がないものとして排斥すべきである。
三よつて、原告の本訴請求は、一二一万二、〇六八円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年一一月一一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(渡部吉隆 田中康久 大津千明)